混相流でなくいわゆるケミストリー的な科学反応が望ましいが。

「教育とは混相流である」とは誰が言ったか、言わないかわかりませんが、
教える側の意見だけではいけないし、かといって教わる側の意見だけでも教育にならず、
でエゴとの境界線の駆け引きが自分の中で繰り広げられます。
本来なら、混相流でなくいわゆるケミストリー的な科学反応で、
さらなる相乗効果が期待できればいいのですが、
それには教育者・生徒、両方の姿勢が求められるので、なかなか難しいことでしょう。
とはいえ、教育の内容以前に、教育者の人間性がもっとも重要だという声も聞こえるので、
耳が痛いですよね。

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